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東京高等裁判所 平成11年(ネ)4693号 判決 2000年6月22日

控訴人(原告) 株式会社聊娯亭

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 西川雅偉

被控訴人(被告) Y1

被控訴人(被告) Y2

右両名訴訟代理人弁護士 緒方孝則

同 小山田辰男

被控訴人(被告) 平岡証券株式会社

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 松下照雄

同 本杉明義

同 宮崎拓哉

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人平岡証券株式会社は、控訴人に対して、原判決別紙「株券の表示」<省略>の株券五八五枚を引き渡せ。

三  控訴人と被控訴人Y1との間において、原判決別紙「株券の表示」<省略>の株券が控訴人の所有に属すること、控訴人と被控訴人Y2との間において、原判決別紙「株券の表示」<省略>の株券のうち、さくら銀行株及び大和銀行株合計三〇九枚が控訴人の所有に属することをそれぞれ確認する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文と同旨

二  被控訴人らの答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり補正、付加するほか原判決「事実及び理由」欄の第二のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決四頁一行目の「本件株券をもと所有していた。」を「原判決別紙『株券の表示』<省略>のとおりの株券(以下「本件株券」という。)を所持していた。」に、同四行目の「被告会社は、本件株券を占有している。」を「被控訴人平岡証券株式会社(以下『被控訴人平岡証券』という。)は、被控訴人Y1(以下『被控訴人Y1』という。)から本件株券につき売却注文を受け、そのうちさくら銀行株及び大和銀行株合計三〇九枚については被控訴人Y1から委託を受けた被控訴人Y2(以下『被控訴人Y2』という。)の口座でこれを受託し、現在本件株券五八五枚を占有している。」に、同五頁五行目の「右善意取得の成否である。」を「① 被控訴人Y1が本件株券を善意取得したか、② 被控訴人平岡証券に問屋の留置権が成立するかである。」にそれぞれ改める。

二  当審における新たな主張

1  控訴人

(一) 本件株券は、控訴人の金庫から平成一〇年一月九日ごろに盗まれた盗難株券であり、控訴人が本件株券の所有者である。窃盗で逮捕されたCの供述調書によれば、暴力団山口組のDという者が本件株券を処分しようとしていたことが明らかである。Eは別名E1といい、國粋青年隊総本部に属する者であるが、Fに対して、Gという者の資金繰りのために本件株券を処分することにより六〇〇〇万円を調達したいとの電話をかけ、これについてFから相談を受けた被控訴人Y1は、被控訴人平岡証券東京支店に本件株券を持ち込んで被控訴人Y1と被控訴人Y2の取引口座を利用して本件株券を換金しようとしたのである。なお、前記「D」は、その発音からみて右のGと同一人物である可能性が高い。

(二) Fは本件株券を取得することはなく、Fと被控訴人Y1との間にも本件株券の譲渡行為はない。被控訴人Y1はFに六〇〇〇万円を支払ったというが、その現金を被控訴人Y1がどのように調達したかは何ら立証されていないから、善意取得の前提となる被控訴人Y1への譲渡行為は認められない。

(三) また、被控訴人Y1は、本件株券の売却を依頼した者がG又はEであることは認識していたが、真の権利者が誰であるかについては、何ら調査せず、これを知らなかった。被控訴人Y1が、本件株券の真の所有者を資金繰りに困っているG又はその他の者であると信じていたとしても、被控訴人Y1の右の認識には重大な過失があり、被控訴人Y1に本件株券の善意取得は成立しない。被控訴人平岡証券は平成一〇年一月一六日の午後二時ごろ、被控訴人Y1に本件株券が事故株ではないとの電話連絡をしているが、そもそも、株式の事故発生とともに全国の証券会社にこれが伝達されるシステムはないのであるから、被控訴人Y1が右の電話連絡を信じたとしても、重過失を免れることはない。また、本件株券は合計五八五枚にも及び、容易に調査ができるものではないのであるから、被控訴人Y1は被控訴人平岡証券の調査が不十分であることを知っていたというべきである。

(四) 被控訴人平岡証券は、調査不十分のまま本件株券を市場で売却したものであり、売却した本件株券につき買い戻すために一一四二万二〇〇〇円の損害が発生したとしても、被控訴人平岡証券が本件株券につき留置権を行使することは、信義則に反する。

2  被控訴人Y1及び被控訴人Y2

被控訴人Y1は、知人であるFから平成一〇年一月一四日に六〇〇〇万円の融資と本件株券の譲渡によって債務返済に代える代物弁済を申し込まれ、同日Fと被控訴人Y1との間でその旨の合意が成立した。同月一六日に被控訴人平岡証券の東京支店でEの持参した本件株券がFに交付され、これを被控訴人Y1が受領して、被控訴人Y1及び被控訴人Y2の同支店における取引口座を利用して売却するため、事故株券でないか否かの確認のために一旦被控訴人平岡証券に本件株券を預けたのである。被控訴人平岡証券から問題がないとの回答があったので、Fと被控訴人Y1は、金銭消費貸借契約証書と代物弁済に関する合意書を作成し、被控訴人Y1はFに現金六〇〇〇万円を融資したのである。被控訴人Y1の本件株券取得に悪意、重過失はない。

3  被控訴人平岡証券

本件株券には被控訴人平岡証券の留置権が成立する。証券会社は売却依頼のあった株券につき、事故株券か否かの調査義務はない。売却依頼に基づいて売却した事故株券を買い戻すべきことは、取引所会員証券会社間の取決めであり、これにより処理された結果、生じた損害については売却委託者に対する損害賠償請求権が発生し、株券に対する留置権が当然に成立する。被控訴人平岡証券は本件株券が盗難株であることが判明した直後、売却した本件株券の決済をするために同株同数の反対買付けを行い、その結果一一四二万二〇〇〇円の損害を被ったから、被控訴人平岡証券は本件株券につき右損害賠償請求権を被担保債権とする留置権を有する。

第三当裁判所の判断

一  本件株券の権利者

本件株券をもと控訴人が所有していたことは当事者間に争いがなく、甲二の1ないし4、三、四と弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成九年一二月三〇日に買い付け、平成一〇年一月七日に受け渡された大末建設株一〇万二〇〇〇株の株券、国土開発株一七万四〇〇〇株の株券、さくら銀行株五万株の株券、大和銀行株二四万株の株券合計五八五枚を控訴人の大阪府藤井寺市の事務所の金庫に収納していたところ、平成一〇年一月九日午前零時三〇分から同日午前七時までの間に、何者かが右事務所に侵入し金庫から本件株券五八五枚を盗取したことが認められ、盗取された本件株券五八五枚は、いずれも現在被控訴人平岡証券が所持していることは当事者間に争いがない。

二  本件株券の売却に至る経緯

<証拠省略>と弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

1  平成一二年一月一三日ごろ、東京都港区六本木で寿司屋を営業しているFは、知人のEから電話で、同人の知人であるGが営業上の運転資金に窮し、六〇〇〇万円の資金を必要としている、本件株券は約九〇〇〇万円の時価を有しているが、これを処分するなどして至急六〇〇〇万円の資金を調達することはできないか、という相談を受けた。Eは、E1とも名乗って國粋青年隊という団体の責任者の地位にあり、そのことはFも知っていた。そこで、同月一四日の夕刻、Fは、被控訴人Y1を営業する寿司屋に招いて、Eから依頼された内容を話し、被控訴人Y1に対して、本件株券を処分する方法による六〇〇〇万円の資金調達を依頼した。

2  被控訴人Y1は、Fからの右の依頼を承諾し、被控訴人Y1と被控訴人Y2が取引口座を有する被控訴人平岡証券において売却注文をすることとした。被控訴人Y1は、本件株券が売却された場合の手数料として三〇〇万円をFに要求し、Fもこれを承諾した。Fは、約九〇〇〇万円の時価を有すると見込まれた本件株券の売却代金とGに支払うべき六〇〇〇万円の差額については、Eと折半してこれを分け合おうとする考えを持っていた。

3  平成一〇年一月一六日午前一〇時ごろ、Fと被控訴人Y1は、本件株券を持参したEとともに、被控訴人平岡証券の東京支店の営業所に集合し、被控訴人Y1において被控訴人平岡証券の担当者に本件株券が事故株券ではないかどうかの調査を依頼し、併せて被控訴人Y1と被控訴人Y2の各口座で本件株券の売却の注文依頼をした。被控訴人平岡証券の担当者は、約一時間をかけて本件株券の枚数、種類、額面等の確認作業をしたが、担当のHは、偽造株券ではないと確信し、当時右営業所に連絡通知されていた事故株券のリストに上がっていなかったことを確認して、当日午前中から市場で本件株券を売却すべく手続を取り、当日午後からは近くの喫茶店で待機していた被控訴人Y1に午後二時ごろ本件株券が事故株券ではないこと、売却手続を開始したことを電話で告げた。本件株券の市場による売却は当日夕方ころには完了し、その売却代金の合計は約一億一〇〇〇万円に上った。

4  被控訴人平岡証券から事故株券ではないと告げられた被控訴人Y1は、直ちに、被控訴人Y1がFに六〇〇〇万円を利息金を三〇〇万円として貸し渡した旨の平成一〇年一月一六日付けの金銭消費貸借契約証書及び右六〇〇〇万円の債務の弁済のために本件株券をFから被控訴人Y1に代物弁済として譲渡する旨の平成一〇年一月一六日付けの合意書を作成し、Fとの間でこれらを交わした旨供述しているが、右の合意書が作成されていても、被控訴人Y1がFに六〇〇〇万円を貸与したとの点は、本件株券の売却代金の収受を待って交付することでも足りたものと考えられるのに、これを待たずに直ちに貸し渡し、即日本件株券を代物弁済で取得するという取引形態をとったのは不自然であり、右の六〇〇〇万円の貸渡し及び本件株券の取得をいう部分はたやすく信用できない。

5  ところが、当日午後三時すぎごろ、本件株券のうちのさくら銀行株券の写しを送付を受けていたさくら銀行から、盗難株であるとの連絡が被控訴人平岡証券の東京支店に入り、被控訴人平岡証券のI部長は、これを直ちに被控訴人Y1に連絡するととともに、市場に対して売却が完了していた本件株券の売却を決済するために、本件株券と同種、同量の株式の反対買付けを行い、翌一七日中に右の反対買付けも全部成立した。しかし、そのために、被控訴人平岡証券に合計一一四二万二〇〇〇円の売買差損が発生し、被控訴人平岡証券は本件株券の売買と反対売買とを決済したことにより、右同額の損害を被った。

三  以上によれば、被控訴人Y1が本件株券を真実代物弁済によって取得したものと認めることができず、被控訴人Y2においても、本件株券の一部であるさくら銀行株及び大和銀行株合計三〇九枚について、被控訴人平岡証券で売却するための取引口座を被控訴人Y1に名義貸しとして利用させたものにすぎず、これを取得したと認めることはできない。

なお、弁論の全趣旨によれば、被控訴人Y1は、被控訴人平岡証券に対して、本件株券のうち、さくら銀行株及び大和銀行株合計三〇九枚については、被控訴人Y2に名目上の売却委託をして被控訴人平岡証券に売却の再委託をしたことが認められるから、被控訴人Y2は、右の合計三〇九枚については、控訴人に対して、その処分権原を主張して控訴人の所有権を争うものと認められるから、控訴人の被控訴人Y1及び被控訴人Y2に対する本件株券の所有に関する確認請求には確認の利益がある。

しかしながら、被控訴人Y1が本件株券を取引によって取得したものと認めることができず、被控訴人Y2もその処分権原を有していたものと認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、右被控訴人らの善意取得を認定することはできず、控訴人の被控訴人Y1及び被控訴人Y2に対する本件株券の所有確認請求は理由がある。

四1  なお、仮に、右の被控訴人Y1の供述どおり、平成一〇年一月一六日に売却注文のために本件株券を持参したEからFが本件株券の占有を取得し、これを被控訴人Y1に移転し、被控訴人Y1において被控訴人平岡証券東京支店に対して本件株券の調査の依頼と売却注文をしたうえで、同日午後二時すぎごろ、被控訴人Y1とFが、前記のとおり、六〇〇〇万円の金銭消費貸借契約証書(丙三)と本件株券を代物弁済として被控訴人Y1に代物弁済する旨の合意書(丙二)を作成したものであるとしても、前記認定によれば、本件株券はもともと控訴人が有し、所持していた盗難株であり、控訴人から本件株券がG又はEに権利が移転したことを認めるべき証拠はないから、G及びEは無権利者であったと認められるところ、Fと被控訴人Y1は、Gからの授権を受けたEの委託を受けていたことから、Gが本件株券の権利者であると認識し、本件株券の売却等の処分が可能であるものと見込んで、同人から権利を取得したとして、本件株券の譲渡を行ったものと認められない限り、被控訴人Y1による本件株券の善意取得が認められる余地はないといわざるを得ない。

2  前記認定事実によれば、被控訴人Y1は、平成一〇年一月一四日の夕刻ごろ、FからEからの本件株券の処分と資金調達の依頼の趣旨と内容をほぼ全て聞いていたと認められるから、Fは、Eが実際はE1という國粋青年隊総本部の責任者と同一人物であるというその実際の社会的地位を、正確であったかは別として、概ね被控訴人Y1に知らせていたものと推認するのが相当である。被控訴人Y1本人は、Eは手広く事業を行っている人物であるとのみ聞いていたと供述するが、時価約九〇〇〇万円の株券の処分は極めて大きな取引であり、通常の企業の資金繰りの方法としても、いきなり株券の現物を受託者に交付してその緊急の処分を委託するというのは不自然であり、被控訴人Y1が実際は仲介をするのみであったFの言動だけを信用して右の高額株券の処分を引き受けるというのも不自然な行動である。また、前述のとおり、時価が約九〇〇〇万円と見込まれる高額株券(実際にも約一億一〇〇〇万円で売却されている。)を六〇〇〇万円の資金繰りのために、六〇〇〇万円の貸付けと即時本件株券の代物弁済という取引形態を経て処分しようとすることにも、通常の株式売却による資金調達の取引とは異なる不自然さがあるといわざるを得ない。一般事業会社又は金融会社などが、國粋青年隊という通常の経済活動を行う企業とは考えられない団体の構成員に高額株券の処分と資金繰りを依頼することは、通常ではあり得ないことであるから、Eの地位、職業を知っていた被控訴人Y1は、処分依頼を受けた本件株券が、盗難株その他の事故株券であることを容易に気付くことができたものであるうえ、丙一、二、九と被控訴人Y1本人によれば、被控訴人Y1は、売却依頼をする際に被控訴人平岡証券に対して、本件株券が事故株券でないかどうかを調査するよう依頼していることが認められるので、被控訴人Y1自身が本件株券が盗難株その他の事故株券であるとの疑念を有していたか、被控訴人平岡証券によって事故株券であることを見破られずに売却処分できるかを試そうとしていたものと推認される。したがって、被控訴人Y1は、本件株券の市場での売却を被控訴人平岡証券に委託するに際して、少なくとも本件株券が事故株券であることを推知していたか、その疑念を有していたと認められる。

そうすると、右のように推知していたか、疑念を有していたと認められる被控訴人Y1は、その疑念を解消するためには、本件の事実関係の下では、Gに対して直接に連絡を取って、又はEに対して直接に本件株券の所有権者を確認する措置を講ずることが必要であったと認められる。しかしながら、本件全証拠によるも、被控訴人Y1がGに対して直接に、又はEを通じて本件株券の所有者を確認する行為をしたという事実を認めることはできず、右の疑惑を残したまま、Fから本件株券の占有を取得し、譲渡を受けたことには、悪意と同視すべき重大な過失があったというべきである。

もっとも、前示のとおり、本件株券の占有を取得した被控訴人Y1は、直ちに被控訴人平岡証券に対して、本件株券が事故株券であるか否かの調査を依頼していることが認められるが、株券盗難の事実が一般の証券会社の各営業所に通知連絡されるまでの間には、当然ながら一定の時間差があり、また、証券会社の営業所での事故株の調査が十分であるという保障はないのであるから、被控訴人Y1が被控訴人平岡証券に事故株券であるかどうかの調査を依頼したからといって、被控訴人Y1の取引上の注意義務が軽減されるものではなく、被控訴人Y1とFは、被控訴人平岡証券の調査結果を待って、午後二時ころ、事故株券ではないとの連絡を受けた後に、直ちに正式の本件株券の代物弁済契約を締結していることが認められることに照らすと、右両人自身が少なくとも事故株券である疑いを持ちつつも、証券会社の調査を通過して市場で売却できた場合は代物弁済契約を締結しようとするものであったと推認され、市場での売却の可能性につき不安感を有していた被控訴人Y1が、何ら権利の所在について確認しようとしないままに本件株券を取得したとしても、本件株券がGの所有に属していたと認識していたこと、Gから処分委託を受けたEの権原及びEから本件株券の処分を委託された関係にあるFの権原並びにFを本件株券の所有者ないし処分権原を有する者であると信じたことについては、重大な過失があると認めざるを得ない。

したがって、Fからの代物弁済によって被控訴人Y1に本件株券が譲渡されたと仮定しても、前主の権利について善意であったということはできないから、善意取得が成立すると認めることはできない。

3  以上のとおりであり、被控訴人Y1が本件株券(原判決別紙「株券の表示」<省略>の株券)を原始取得したと認めることはできず、被控訴人Y2は専ら本件株券の売却のために被控訴人平岡証券における口座を利用させたにすぎないから、被控訴人Y2も、本件株券の原始取得(善意取得)を認める余地はない。したがって、本件株券は、全部控訴人にその権利が帰属するものであると認められる。

五  被控訴人平岡証券の留置権について

1  前記認定事実と証人Iによれば、平成一〇年一月一六日の午前から本件株式の市場での売却の手続をとった被控訴人平岡証券は、その後同日午後三時ごろに本件株券が盗難株券であることを知り、被控訴人Y1及び被控訴人Y2による売却委託が権利ないし権限のない者による不適法、無権限なものであるとして売却受託手続を事実上解消する目的で、その日の夕方には全部売却済みとなっていた本件株券の市場への引渡しを防止するべく、証券取引所の会員間の内規に従い、自主的に本件株券と全く同種、同量の株式の買付けを行い、翌一七日中に右の買付けを完了し、本件株券の売却と同種、同量の株式の買付けとを取引上決済し、本件株券を市場に放出することなく、そのまま所持していたこと、しかしながら、右の反対買付けのために一一四二万二〇〇〇円の差損が発生し、被控訴人平岡証券は同額の損害を被ったことが認められる。

2  しかしながら、被控訴人平岡証券の右の反対売買実行の処置は、被控訴人Y1又は被控訴人Y2との間の本件株券についての売却委託契約(約款を含む。)の法律関係からみれば、被控訴人平岡証券が事故株券の売却の受託が不適法、無効であることを前提に被控訴人Y1らの同意をまたずに、売却委託取引がなかったものとし、これを解消するべく、証券取引所の内規を遵守して、自主的に自らの責任において実行した処置であると認められるから、被控訴人平岡証券は、被控訴人Y1らとの適法かつ有効な委託取引を前提に本件株券の占有の引渡しを受けたものではなく、かつ、被控訴人Y1らのために本件株券を適法に占有しているものではない(商法五五七条、五一条の留置権は、目的物が債務者の所有に属するものであることを要件とするものではないが、その法意は、問屋、代理商が、その所有権が委託者、本人に帰属していないか、又は他人に移転したものでも、委託者、本人のために占有することが少なくないこと、あるいはその占有を第三者から取得する場合も少なくないなど、正常な取引形態を考慮したものであって、委託者、本人が全く無権原ないし無権限であったり、権原ないし取引権限を取得することが社会通念上不可能な場合にまで、問屋、代理商に留置権を認めて、保護しようとするものではない。)。まして、被控訴人平岡証券は控訴人との委託取引によって本件株券を取得し、控訴人のために占有しているものともいえないことは明らかであり、盗難株券の不適法、無効な売却委託のために被控訴人平岡証券に損害が生じたとしても、控訴人に対して損害賠償請求権を有するものでもないことも明らかである。したがって、被控訴人平岡証券は、右の損害一一四二万二〇〇〇円の賠償請求債権のために、控訴人に対し本件株券につき問屋の留置権を主張することは認められないから、信義則違反をいうまでもなく、被控訴人平岡証券の留置権の抗弁は理由がない。

3  したがって、被控訴人平岡証券は、本件株券に対する留置権を主張して、控訴人からの本件株券の引渡請求を拒絶することはできない。

六  結論

以上によれば、控訴人の本件請求は全部理由があり、これを棄却した原判決は不当であるからこれを取り消し、控訴人の本件請求を全部認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 慶田康男 梅津和宏)

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